暑い夏の一日に、惑星が地球に衝突する日について考える

今月の28日頃に、直径160メートルくらいの小惑星が地球に最接近するらしい。

 

先月25日にも直径130メートルくらいの小惑星が地球の近くを通過したのだけれど、そのニュースが報じられたのは惑星通過後のこと。地球から7万2000キロメートルの距離のところを通過したとか。数字だけみるとすごく離れているように思えるけど、これは月と地球の間の距離の5分の1程度だという。

 

科学者がこの小惑星の存在に気づいたのは通過する数日前だったそうで、通常なら地球に近づきそうな小惑星はその軌道を変更させる何らかの処置をとるらしいのだけど、それも間に合わないくらい、ギリギリまで存在に気づかなかったようです。

 

地球にぶつからなくて良かったと単純に安堵するいっぽう、コトが終わってから知らされたってところに若干ひっかかります。

 

まあ、へたに知らせて世間が過剰に大騒ぎしても困るんでスルーしてたのかもしれません。

でも今回は事前に告知しているので、今回は地球に衝突する可能性がまずないことが分かってるのでしょう。

 

このニュースを聞いて思い出したのが、ラース・フォン・トリアーが監督した映画『メランコリア』(2011年)です。

 

心を病んだ女性(骨太のキルスティン・ダンスト)がなぜか自分の結婚披露パーティーでぶち切れて、何の罪もない結婚相手や親族を傷つけ、自分の勤め先の上司の顔に泥を塗り、祝宴の場をグチャグチャにするも本人は被害者意識で欝々としている…が映画の前半です。

鬱病三部作」という呼び名に違わず、観ているこちらも心を病みそうになる陰気な雰囲気と登場人物。しかしなぜか映画の後半から突然SF映画的展開になります。

 

人里離れた森の中の邸宅で天体観測をしていたヒロインは、地球に惑星が急速に近づきつつあることに気づくのです。そしてその軌道を計算すると、惑星が地球に衝突することは避けられないと知ります。

 

このことに最初に気づいた彼女の義兄は、その事実が示す圧倒的恐怖に耐えられなくて、惑星が接近する前に自殺してしまいます。

いつも支配的にふるまっていた彼女の姉は、パニックを起こします。

 

ところが、ヒロインは逆に落ち着き払って普段通りに過ごし、「地球最後の日」にむけて静かに準備を進めていきます。

広い庭の真ん中に木の枝でピラミッド型のサークルを作り、姉と甥の三人で手をつなぎ、最後の「その瞬間」を迎えるのです。

 

「地球最後の日」をテーマにした物語はおそらくたくさんあり、いわゆる冷戦の時代につくられた映画だと、核爆弾によって人類滅亡というストーリーが王道です。ハリウッド映画の『渚にて』とか。

そういえば小松左京原作の『復活の日』は、猛毒のウイルスが空気中にまき散らされたことで人類が絶滅してしまう(ちょっとだけ生き残るけど)という設定でした。

 

惑星が地球に衝突というパターンもあるのかーーー。

 

何しろ、地球の周りには2万個くらい小惑星が漂ってらしい。事前の防御策が間に合わない、あるいは不可能な事態もおこりうる。

 

地球滅亡みたいなスケールでなくとも、例えば映画『タイタニック』では、船の沈没を覚悟した老夫婦が、救命ボートも諦めて、夫婦で手をつないでベッドに並んで横たわって「最後の瞬間」を迎えるシーンがありましたね。

 

最後まで希望を捨てずに助かる手段を探す人 と、早々に諦めて自ら死を選ぶ人、ヤケになってありったけの享楽をしておこうとする人、などいくつかのパターンが想像できます。

 

その時の行動にこそ、その人の性格や価値観、人生があらわれるのでしょう。

 しかしこれは私の想像ですが、現在人生に絶望している人、自分の人生や生活は詰んでいると感じている人、自分自身に対する失望から生きる気力を失っている人などは、「地球最後の日」が来ることを知ったとき、むしろ生き生きと、前向きになるのではないでしょうか。『メランコリア』のヒロインが一転して、落ち着きと安定を得たように。